朝の通勤途上、新聞紙ほどのサイズの案内板を手に
交差点に立つ女性を見かけた。そのボードには
「〇〇女子大学 入学試験会場、こちら」とあった。
少子化だけではない。コロナ禍の影響で今年度は
地方試験の会場を増やした大学も多いと聞く。
受験の季節である。
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かくいう私も新年度から始まる大学講義の準備を始めている。
(いちおう週に1コマだけ受け持つ"にわか先生"なのだが)

写真は1年前、国立長野高専(長野市)で行った特別講義の私。
4月から松本キャンパスで受け持つことになる通常講義は
原則「対面授業とする」というのが大学側の方針なのだが、
さて、予定通りになるかどうか。
自宅や自室でじっとリモート授業を重ねた学生も多いはず。
何の気兼ねもなく教室に通える、そんな春であって欲しいのだが。
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教室という空間で「人と会い」「人と語る」ことでしか
始まらないものがある。先日放送したドキュメンタリーで
主人公の先生(故人)が話しておられた言葉がよみがえる。
式典もなく、かつての友人同士で集まる場もなく。
成人の日のきのう、長野市内は穏やかな印象だった。
道行く晴れ着姿も見かけることもない。
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かくいう我が家は、今年二十歳になる息子とともに
昔お世話になった近所の老夫婦の墓前へ成人の報告に。

観音の石像が並ぶ杉木立の奥に老夫婦は眠っている。
足跡のない雪を踏み分けながら坂道を登る。
かつて数軒先のご近所にあった二人の家は、
ようやく歩きはじめた息子の遊び場でもあった。
実の祖父母以上にお世話になったといってもいい。
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二十歳を迎える祝い、というよりも
この歳まで何とか育ったことに感謝する日。
そんな成人の日であっていいような気がする。
19年前、私の両掌にすっぽり収まっていた息子は、
いま両手で墓石の雪をかき分け線香を手向けていた。
手を合わせる背中がいつもより大きく見える。
あれ?その着てるコート、オレのなんだけど・・・・・・。

私にとっての今年の仕事始めは
ドキュメンタリーのナレーション収録。
ですが、いつもの収録とはちょっと違いました。
現役の女子大学生の「語り」と半分ずつ、なのです。

録音ブースのモニターに映るのは高校の教室から見えるイチョウ。
語りをつとめる大学生・西尾遥さんは、去年この高校を卒業したばかり。
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番組では、45年前の卒業生と担任が母校の教室に集います。
それも同級会ではなく「ホームルーム=HR」というかたちで。
この取り組みが、なぜ十年以上も続いているのか?
当時、高校の放送委員だった西尾さんがHRを取材した
映像を織り交ぜながら物語は進んでいきます。
やがて、授業でも同窓会でもない「HR」であることの意味が
見えてきます。そこに集う先生と生徒の思いも。
そして・・・・・・。
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教室という空間に帰りたくなる一本。そう感じました。
高校卒業1年目の現役大学生・西尾さんの語りと、
高校卒業37年の小生のナレーションのコラボにも
耳を傾けていただければ幸いです。
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●「チャンネル4 黄葉(こうよう)伍朗ちゃんがいる教室」
●1月9日(土)午前9:30~10:25
(※テレビ信州×松本深志高校放送委員会 共同制作)
たいして働いたわけでもないのですが、
年末年始にやった雪かきの筋肉痛が
今頃になって襲ってきている始末です。
またひとつ年(齢)をとったか、と実感。
降りしきる雪の中、
ひたすらスコップを動かしていたら、
昔読んだ一節が不意に思い出されました。
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太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降りつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降りつむ。
(三好達治「雪」1930年)

この年末年始、子や孫の顔を見るのを待ちわび、
叶わなかった大人たちがどれほどいたことか。
父母や祖父母と一緒に卓子を囲めなかった
子供たちがどれほどいたか、と考えます。
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新しい年は、多くの太郎や次郎たちが
普通に家族と会える年になってくれたら。
そんなことを思っています。
今年もどうぞ宜しくお願いたします。
10年ほど前のこと。ピアニストは松本市内の映画ロケの現場を訪れ、
その直後に市内のホールで行われたテーマ音楽の収録に臨んだという。
「実は"一発録り"だったんです」
そう話すピアニストは、まるで昨日の事のように嬉しそうだった。
先週のクリスマス、辻井伸行さんに初めてお目にかかった。

"コロナの年"を締め括るツアーリサイタルの最終日が信州・松本。
しかも、かつて映画音楽を収録した同じホールでというご縁。
この日、私は「演奏家が考えるコロナと音楽」というテーマで
リサイタル直前の辻井さんにお話を伺う機会を得た。
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動画配信や無観客演奏など、様々な試行錯誤を経てようやく
秋頃から観客のいる場でピアノが弾けるようになった。
そのことが今とても嬉しいのだと辻井さんは話して下さった。
そして「news every.」のカメラの前で自ら選んで弾いた1曲が
映画『神様のカルテ』エンディングテーマ(辻井さん自身の作曲)。
かつて同じホールで"一発録り"したというあの作品だ。
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演奏時間4分14秒。立ち会った私には夢のような時間だった。
2台のテレビカメラが回るステージ上で辻井さんは、
またしても"一発録り"で収録を終えた。
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「コロナで人同士の距離が離れてしまうけれど、
でもせめて気持ちだけは近くに寄り添えたら。
音楽ならそれをつなげると思うんです」
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2020年のクリスマス。私は音楽の神様に出会えたと思っている。