‟本読み"だった父が他界して間もなく7か月。
実家で彼の書棚を整理していたら
淡い紺色の背表紙が目に留まった。
推理小説に被せられたブックカバーは、少し日焼けしていた。
印刷された電話番号は局番が一桁少なく、
地図を検索しても、この書店名はもう存在しない。
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高校を卒業後、すぐに上京して就職。
結婚を機に長野に戻ったと、母から聞いていた。
晩年は遠出することもほとんどなかったが、
私が東京の大学に進学した時、
昔の東京の話をする父の声が
いつになく弾んでいたのを思い出す。
新幹線のなかった頃。父にとっての東京は
上野にはじまり上野に終わる、そんな時代だったのだろう。
「上野」という活字から、遠い日、東京に暮らした
父の気配がすこしだけ感じられた気がした。
本は処分したけれど、このブックカバーだけは
今も捨てられずにいる。