あさって8日の真珠湾攻撃の日を前に、
スタートさせたニュースのシリーズ企画
『信州の戦後80年』。
初回は木下歌織キャスターが取材した「缶詰爆弾」。
終戦間際の伊那谷で、軍が子供たちに造らせた爆弾は
「ハハリユ」の暗号名で呼ばれていたという。
もし終戦が遅れていたら、手製爆弾が実戦で使われた
可能性もあったと戦争史の専門家は指摘する。
子供たちが「加害者」になっていたかもしれない、
そこに戦争の怖さがあると思う。
今、世界は「戦中」であるという事実も忘れずに、
あらためて「戦後」と向き合っていきます。