影アナ席の私からは、何が起きたのか分からなかった。
「切れたって!」「何本?」「続き、どこから?」
スタッフやマネージャー氏が舞台袖を慌ただしく動き回る。
舞台上の演奏は、第二楽章を終えたところで止まっている。
ほどなくしてピアニストと指揮者が腕を組むようにして
バックヤードに戻ってきた。
「ブラボー、ブラボー!」
マエストロはピアニストを笑顔で称えている。
その会話から初めて、演奏中にピアノの弦が切れたことを知った。
ピアニストは辻井伸行さん。何度もご一緒している世界的奏者だ。
ハプニングが起きたのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
第2楽章を演奏し終えたところで辻井さんが立ち上がり、
客席に向かって肉声で、弦が切れたので待ってほしいと説明、
いったん舞台を退いたのだ。見事な機転だった。
客席もオーケストラも、ざわつくことなく穏やかな雰囲気で
調律師さんの張り替え作業を見守った。
15分にも満たなかっただろうか、張り替えが終わると同時に
客席からもオーケストラからも自然な拍手が沸き起こった。
再び登場した辻井さんは、残る第3楽章とアンコール曲を
圧倒的な熱量で弾ききった。
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写真は、私の影アナ席モニターから見えるホール内映像。
20分遅れでの後半再開を待つお客さんたちも、
何事もなかったように穏やかだった。
ともすれば張り詰めがちな突発事態の空気を、
さりげないひと言で和ませる辻井さん。
そのプロ意識の凄さを垣間見た思いがした。
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